ラピータの部屋ビアトリクス・ポターの作品とその世界英国・湖水地方の旅2018年目次> アンブルサイドとグラスミア

~~~  ビアトリクス・ポターの聖地を巡る旅(2018年6月) ~~~

4日目(6/20) 湖水地方 ボウネス・オン・ウィンダミア~アンブルサイド~グラスミア~ダーウェント湖~ニューランズ・バレー
  


  • アンブルサイドのブリッジハウス(Bridge House)とアーミット(The Armitt Museum & Library)

▼アンブルサイド一番の観光スポット「ブリッジ・ハウス」

三つ目の目的地アンブルサイドの町に到着しました。レイカースルから車で約15分、ウィンダミア湖の北の端にあり、湖水地方の玄関口であるウィンダミアや、ボウネスと同様に賑やかな町です。

アンブルサイドという名前の由来は、古北欧語の「アメルセート(Amelsate)」で、その意味は、町の真ん中を流れるストック川と、水によって運ばれ堆積した砂州と、そして夏の牧草地という3つの言葉の組み合わせで、景色そのものが名前の由来となっています。

このストック川(Stock Beck)の小さな橋の上にあるのが、この町一番の観光スポット「ブリッジハウス」です。


ブリッジハウス

17世紀、地元で裕福なブレイスウェイト家が、川の向こう側にリンゴ園を営み、川を行き来できるように橋を建設したのが始まりです。その後、リンゴを貯蔵するために「ブリッジハウス」という名前通り、橋の上に家を建てました。

この家が建てられた当初は、川向うに行き来できるよう、建物の両側に扉が付けられていましたが、現在はライダル通りに面した方のみ出入りできます。

人が4、5人入ると身動きできなくなるぐらいの小さな家で、外階段でつながる2階建てです。次々と人手に渡った家は、リンゴ貯蔵庫の他にも織物店、椅子メーカー、アンティークショップ、靴屋など、様々な用途で使用されました。住居として子ども6人を含む一家8人で暮らしていたという記録もあります。

この「ブリッジハウス」について、吉田新一先生の著書「ピーターラビットの世界」の第7章に、「ビアトリクスがブリッジハウスを守るように」と、ナショナルトラストへアドバイスしたことが紹介されています。詳細はぜひ書籍をご覧ください。


ブリッジハウス ライダル通り側の入口
ビアトリクスの協力を得て、現在はアンブルサイドの伝統的な建物として、町一番の観光スポットとなりました。私達が訪れた時も次から次へと観光客が訪れ、外観を見た後、狭い家に吸い込まれていきます。

家の中は、アーチストが描いたブリッジハウスの作品が飾られ、ナショナルトラストのグッズショップになっていました。

▼ビアトリクス・ポターが描いた貴重な菌類の作品を所蔵するアーミット

ブリッジハウスの道路(ライダル通り)を挟んで北側に、アーミット 博物館&ライブラリーがあります。


道路を渡った先にあるアーミットライブラリ―の横幕

アーミットライブラリーは、メアリー・ルイーザ・アーミットと、二人の姉の意志のもと、1912年に会員制図書館として開設されました。

コンセプトは、「学生と愛読者のための科学的、文学的、古書研究的な価値のある本のコレクションを形成する」とし、湖水地方に住む著名人の多くが、作品や蔵書を寄付しました。

ビアトリクスも、父親の蔵書を寄付したことに始まり、考古学として化石や、出土品を描いた作品、そしてキノコ学者を目指して書き溜めた300点を超える菌類の作品すべてを寄付しました。

そうしたことから、ここでは常時展示としてビアトリクスの菌類の作品が見られます。


アーミットライブラリ―(The Armitt: Museum and Library)
手前の建物がショップと受付で、奥の1階が展示室、2階が会員制図書室。
展示室への入場料は大人5ポンド(2階も見学可能)。
1階の展示室は撮影可能でしたが、2階の図書室は撮影禁止。


1階展示室では、スペースの半分ほどを利用し、「イメージ&リアリティ ビアトリクス・ポター展」を開催中でした。

ビアトリクスの生きた時代から、化石に興味を持った考古学、菌類を夢中になって描いたキノコ学、農場経営者、自然保護活動家、女性実業家など、知られざるビアトリクス自身の物語を、彼女が残した言葉を含めながら、想像と現実を伝える展示です。


各項目毎に大きなパネルが掲げられており、彼女の生きた時代についてのパネルでは、19世紀後半の産業革命後、人口の増加で世界最大の都市となったロンドン。ビアトリクスは、父や叔母と連れだって展覧会で巨匠と呼ばれる人たちの絵画作品を鑑賞するのが楽しみのひとつでした。しかし、心はロンドンにあらず、常に自然豊かなスコットランドや湖水地方に向けられていました。

その頃湖水地方では、ウィンダミア湖でスケートを楽しむ人々、鉄道がウィンダミアまで来たことによる急速な駅周辺開発と裏腹に、湖の西側の集落は、ナショナルトラストの新たなる鉄道計画の反対運動や、自然保護活動などにより、牧歌的な田舎の風景が残されました。

まずはビアトリクスの生きた時代背景の解説があり、ビアトリクスの絵本作家だけではない知られざる人生についてを紹介しています。


「羊飼いのためのガイドブック(The Shepherd's Guide)」より
このページには、どの農場の羊か分かるように、必ず入れられる「スミットマーク(Smit Marks)」についての解説が示されています。

『ティギーおばさんのおはなし』で、ティギーおばさんが「どの農場でも必ず印をつけておくんです!」と言ったそのマークです。

こうした農場のマークは、毎年発行されるガイドブックに掲載され、伝統として受け継がれています。


キンチャヤマイグチ(英名:Orange Birch Bolete)
ビアトリクスが描いたキノコの作品。森にキノコがどのようにはえているのか、枯葉の上なのか、草なのか、それとも木についているのかなど、そのようなことまで作品が伝えてくれます。


シロエノクギタケ(英名:Spike Cap)


アーミットライブラリ―は、はるか昔から現在までのアンブルサイドの暮らしが分かるようなものを示したいという望みがあり、少しずつ出土品や遺物などを収集していました。ビアトリクスもその点を理解し、20代の頃描いたバックラーズベリーで出土した金属と骨の加工品や、ロンドンで出土したローマ人のサンダルなど、考古学として描いた作品を寄贈しました。


ビアトリクスがキノコ学者を目指し、勉強していた頃に使用した顕微鏡のプレパラートと、キノコのスケッチ作品を収納していたビアトリクスお手製の紙ばさみ。
紙ばさみは全部で8冊になり、表側は模様入りの木綿の布でカバーされ、内側は無地の木綿で裏打ちされているもの。

『ピーターラビットのおはなし』を出版した翌年の1903年、絵本のキャラクターを使ってコピー商品が出回ることに端を発し、自身でぬいぐるみを制作し、特許を取得したビアトリクス。こうした絵本の関連商品は人気があり、その後次々と商品化されました。


ピーターラビットゲーム、ジグソーパズル、塗り絵、陶器、壁紙などなど。彼女の女性実業家としての才能として、これらのグッズも一部展示されています。いわゆる本業の絵本製作とは別に副業としてのこれら商品展開は、後々の出版社の経営や、ビアトリクス自身の大切な収入源となっていきました。


ビアトリクス本人から、アーミットライブラリ―に寄贈された初版本のコレクション。


こちらは、この展示会の内容をあますことなく紹介したガイドブック。
「Image & Reality Beatrix Potter A Portrait of an Extraordinary Woman」3ポンド

アンブルサイドに10時40分ぐらいに到着し、ブリッジハウスとアーミットライブラリ―を見学し、ちょうどランチタイムになると思ったので、ランチできるお店の候補を3軒ほどピックアップしていました。

最初に行ったのは、ブリッジハウスに近い「アップルパイカフェ(The Apple Pie Cafe & Bakery)」で、他の候補の店にも案内しようと思ったら「ここにしましょう」となり、総勢11名、お昼時に全員座れるか不安でしたが、大人数用の奥のテーブルが空いていてラッキーでした。


この店名物のアップルパイにアイスクリーム添え 4.75ポンド

ランチも済ませ、再びデレックの待つ駐車場へ向かいましたら、メンバーのお一人が「バッグがない!!!」と気づき、大慌てで食事した店へと急ぎました。すぐに引き返したのが良かったのか、湖水地方は悪い人がそれほどいないのか、椅子の背に引っかかったままでバッグが見つかりました。

もしここで盗まれてしまったらと考えると、後半のスケジュールがすべてキャンセルになりますし、本当に良かったです。

気を取り直してバスに戻り、次の目的地グラスミアへと向かいました。

アンブルサイドのブリッジハウスとアーミット(完)
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▼グラスミアのジンジャーブレッド

四つ目の目的地であるグラスミア(Grasmere)の町へ到着しました。アンブルサイドから車で約20分(6.4キロ)、町の中に入る登り坂に差し掛かると、それまでの広い道路から道幅が狭くなり、人通りも多く、車はゆっくり進みます。

グラスミアという地名は、古北欧語の緑を意味する言葉(Gres)と、湖(Mere)を意味する言葉の組み合わせで、まさしくグラスミア湖という周囲を緑に覆われた美しい湖が由来となっています。

そして何よりこの地に世界中から観光客を引き寄せるのは、桂冠詩人ウィリアム・ワーズワースのゆかりの地だからです。ワーズワースは、グラスミアの周囲を取り囲む山々から町を抜けて湖まで見下ろすこの一帯の谷を「人が見出すことのできる最も美しい場所」と称えました。


私達がまず最初に向かったのは、1854年創業の菓子店「セイラ・ネルソンのグラスミアのジンジャーブレッド(Sarah Nelson's Grasmere Gingerbread)」です。

とても小さな店内は、焼きたてのジンジャーブレッドの香りが充満し、大勢の観光客が列をなしごった返していました。

ここで販売されているのは、創業当時よりあるグラスミアのジンジャーブレッドで、生姜の味がする素朴な焼き菓子です。あまりにも有名なので、ここに来たらお土産に買っておきたいもの。


1枚 1.5ポンド(簡単な包装紙に包まれたものは賞味期限が1週間)

▼グラスミアを称えたワーズワースが眠る聖オズワルド教会

次に向かったのは、ワーズワースとその家族が埋葬されている墓地があることで有名な聖オズワルド教会。


菓子店の隣にある聖オズワルド教会。


教会内は、むき出しの垂木が天井を交差し、外観の見上げるような大きさと比較し、こじんまりとした空間でした。


ワーズワースの墓
道路に面した教会の裏手にまわり、敷地内をほんの少し奥に入っただけなのに、鳥の鳴き声が響く静かな森が広がっていました。


教会の敷地よりつながっているワーズワース水仙の庭園(The Wordsworth Daffodil Garden)。水仙の咲く時期は見事と思われる庭園で、グラスミアを流れるロゼイ川の散策コースへとつながっています。


ロゼイ川
曲がりくねった川沿いに遊歩道が敷かれていて気軽に散策が楽しめます。


菓子店の道路を渡った反対側にナショナルトラストの店があったので、ここでポケッタブルバッグを購入。ウサギ柄の折り畳むとポーチになるバッグ(5ポンド)です。


そしていよいよダヴコテージ(Dove Cottage)へ。
ワーズワースが29歳から38歳までの9年間を過ごした家で、ここで過ごしていた時に多くの名作が生まれた聖地です。

グラスミアの町中から徒歩15分ほどのところにあり、専用の駐車場があります。駐車場内は、ほとんど車やバスも停まっておらず、それほど混んではいないのかなと思いましたが、受付で10名のチケットを買い求めたら、予約のない方は受付できないと断られてしまいました。

前回(2001年)行った際は、ツアーだったのですが入場は個人の自由で、ダヴコテージに入場希望が参加者の内3名のみだったので何の問題もなく入場できました。

人気の施設は、予約をしないと入場するのが難しいようです。

私達が一応に「えっー」ってがっかりした表情をくみ取ったのか、受付してくれた方が、「グラスミアはとてもチャーミングで見るところもたくさんあるから、そちらで楽しんでね」と慰めてくれました。

皆さんと「困ったね」と話をしていた場所は、ダヴコテージの裏側にある小さな庭で、休憩スペースのようでした。


そこに咲いていたオールドローズ


ピンクスイトピー(Pink Sweet Pea)と、


ニワシロユリ(Lilium Candidum)が満開でした。

予定していたプランは、グラスミアの滞在時間が1時間で、町をブラブラしたので既に30分経過していました。そこで少し早いけれど次の目的地へ移動しようということになり、いよいよこの旅最大の楽しみだったリングホームへ。

グラスミアのチャーミングな町探索(完)
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