〜〜〜 ビアトリクス・ポターの聖地を巡る旅(2018年6月) 〜〜〜
3日目(6/19) 湖水地方 ボウネス・オン・ウィンダミア〜ニアソーリー〜ホークスヘッド〜コニストン
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▼ヒルトップハウスの2階ニュールームへ ![]() 階段を上り、階段に背を向けた右手側、人とすれ違うのも難しい狭くて暗い廊下を進んだ先に、明るく開放的な比較的大きな部屋「ニュールーム」とビアトリクスが呼んだ部屋がある。 この部屋は、1906年にビアトリクスが増築した2階部分で、他の部屋よりも約60pほど天井が高く、壁2面に窓があり、明るく開放感を感じる部屋だ。最初「図書室」と呼んでいた頃は、弟バートラムの大きな作品(油絵100号サイズ)を飾るためだけに使用していた。 ![]() バートラムの作品は、結婚後移り住んだスコットランドの景色を描いたもので、姉のビアトリクスが手のひらサイズの小さな作品が多い中、大きさだけみても対照的だ。こうした作品は、絵描きとしていつかは大作を描いてみたいという願望からか、それとも絵本作家として成功した姉には描けないものをと思ったからなのか、1918年46歳で亡くなった弟を偲ぶかのようにヒルトップハウスのニュールームに運ばれた。 この部屋で真っ先に目が奪われるはこうしたバートラムの特大サイズの作品4点だろう。作品と作品の間に、モダンな飾り柱(ピラスター)が仕切りのように取り付けられている。 ▼挿絵にも描かれたアンティークチェア 図書室として呼んでいた頃はあまり使用されることのなかったこの部屋が、書き物机やビアトリクスの好きなアンティーク家具を配置することで、ヒルトップハウスの中でほぼ毎日のように執筆活動する部屋となった。 ![]() 書き物机の前に配置されているアンティークチェアは、19世紀ドイツの家具職人ミヒャエル・トーネット(Michael Thonet)の作品、ベントウッドチェア(曲木椅子 bentwood chair)で、祖母ジェッシーがカムフィールド・プレイスで使用していたもの。 ![]() このベントウッドチェアは、『ねずみが3びき』という1892年の未発表作品(おはなし全集の改訂版に掲載)に描かれた。 ▼ヒルトップハウスで最も質問が寄せられる展示物 ![]() 書き物机の上にあるのは、サギ科の仲間「ヨシゴイ」の標本。ヒルトップハウス内でゲストに最も質問されるものとして紹介されているスタッフブログによると、この標本もその内のひとつだそうだ。 ![]() 反対側の壁には蝶の標本も展示され、ビアトリクスが熱心に調べたであろう1633年出版の「ジェラードの本草書(Gerad's Herbal)」などもあり、ビアトリクスの博物学への探求心を垣間見ることができる部屋。 ▼ビアトリクスのコレクションに日本の根付が ![]() 壁に吊り下げてあるキャビネットの内のひとつは、チェスの駒、象牙の置物などがあり、 ![]() その中でも特に興味深いのが象牙製の根付が数点あること(棚の上から3段目、左から、福禄寿、獅子、親子牛、琥珀色の目をした兎の4点)。 ビアトリクスと日本といえば、ビアトリクスの1882年(16歳)の作品に、歌川広重の練習「諸職画通三篇」の背表紙が描かれていることが分かり、河野先生がこの発見を2014年にプレスリリースされた。 ![]() もうひとつの食器類が並べられているキャビネット内の隅にあるのも、日本製の浮世絵絵皿と、戦国武将柄の蓋付きコーヒーカップ(1900年製)がある。ビアトリクスのお眼鏡にかなったものの中に、日本のものも含まれているという事実があるだけで嬉しい。 ![]() こちらも小さくて見逃してしまいそうだが、現地では「Monkeyの根付」と紹介されているもの。平戸焼の三番叟(さんばそう)の根付と判明(高さ7.5cm)。写真ではぼんやりしているが、とても可愛らしいものなのでぜひチェックしてもらいたい。ビアトリクスがどういうきっかけで根付を集めたか知りたいと思うのは私だけではないはず。 そういった棚の中にあるものも目を皿のようにして楽しめるということは、マニアックな世界へさらに足を一歩踏み込んでしまったようだ。 ![]() 食器棚にはルビー色のアンティークグラス(一番上の棚)があり、ワインを嗜むこともあったのだろうかと想像が広がる。食器棚の上から2段目の左にあるのは、父ルパートの絵付けによる脚付きカップと、その奥にソーサーがあり、ビアトリクスが6歳の頃の思い出の品だ。 ![]() 食器棚を覗きこまないと見えない下段にあるのは、ちょっと珍しい1690年創業のフランスの陶器メーカーで、アンリオ・カンペールの民族衣装を着たデザインの靴の形をした器や、白鳥の形などをした入れ物やトレイなどがある。 ▼ニュールームには家族の作品が展示されている ![]() この部屋には弟バートラムの作品だけでなく、家族全員の作品が勢ぞろいしている。上から母ヘレンの湖畔の景色を描いたもの、父ルパートの「3匹の盲目ネズミ」、ビアトリクスの「糸車」とある。家族共通の趣味が絵画であり、芸術家一家という側面も改めて垣間見ることができる。 ![]() この部屋の紹介冒頭に戻り、壁2面に窓があるという部分、部屋の入口を背にした右側の窓に注目すると、何やら窓の前で作業をされていたスタッフの方が快く立ち上がって、窓からの景色が見えるようにその場所を開けてくれた ![]() この窓から見える景色は、『ひげのサムエルのおはなし』で、こねこのトムが煙突のてっぺんまで登って、屋根の上でスズメを捕まえようと思ったが、その煙突には雨よけが付いていたと場面で描かれた挿絵の、煙突の向こうの丘へ続くと石垣の道が、この窓から見える景色なんだそうだ。 次はヒルトップ農場の庭とショップへ続きます。 |
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| ヒルトップ農場へ その8(完) | |
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▼お花畑エリアへ 私が18年前、初めて湖水地方を訪れた際、現地の一日観光ツアーでヒルトップ農場に訪れ、その時はツアースケジュールの関係で、ヒルトップ農場の滞在時間はわずか30分だった。この見学時間内に、すべてを見て回るのは至難の業で、恐らくヒルトップハウスを見学するだけで終わってしまう。ここにはヒルトップハウス以外にも、『こねこのトムのおはなし』や『あひるのジマイマのおはなし』で描かれた美しい庭がある。 そのことは重々分かっていたので、今回私が作成したツアーは、たっぷりと時間がとってあった。それでも見ようによっては早い人、遅い人といる訳でその調整は難しい。私は遅い部類で、2階見学時に窓から庭を見下ろすと、既に数名庭を見学されている方がいた。という訳で、次に紹介するのはヒルトップ農場のガーデンについて。 ヒルトップ農場内には4つのエリアがあり、一つ目は道路に面した入口からヒルトップハウスまでの小道沿いの「お花畑エリア」、二つ目はヒルトップハウス前のアイアンフェンスのゲートから入る「家庭菜園エリア」、三つ目は格子の木製フェンスで区切られた果樹が植えられた「パドックエリア」、四つ目はヒルトップハウスの奥にある「農場エリア」。このうち一つ目と二つ目のエリアが一般公開され、三つ目と四つ目はその景色を眺めることができる。 まずは一つ目エリアの小道沿いの両脇に植えられたお花畑エリアから。 ![]() アンブルサイド近くにある採石場のブラセイ産スレートを敷き詰められた小道は、真っすぐにヒルトップハウスまでつながっていて、『こねこのトムのおはなし』や『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』の挿絵の背景として描かれた。 ここに植えられたお花畑の植物は、一見 雑多に色々な種類が植えられているように見えるかもしれないが、自然に生えているそのままの風景を再現したもので、これらを「コテージ・ガーデン」と呼ぶ。 しかし、この素敵なお花畑もビアトリクスの死去後、再びナショナル・トラストが一般公開するに至るまでにほとんどの植物が絶えてしまい、現在私達が目にしているのは、ナショナル・トラストのガーデナーが、その当時の写真や手紙などの書簡、そして挿絵に描かれた背景を資料として復元されたもの。植えられた品種は、ビアトリクスが生きていた時代のものであり、植物の品種改良の進む現在において100年前の素朴な色を楽しめる。 ![]() ヒルトップハウスを背にして撮影した小道。 ![]() 黄色い花の群生は「オカトラノオ(セイヨウクサレダマ)」 繁殖力の強いオカトラノオは、はびこらないうちに掘り起こし、別の場所に植え替えるという作業をビアトリクスも行っていたそうだ。 ![]() 左側に見える背が高く白い花、茎の先で四方八方に伸びて、黄色みがかった小さな白い花を多数咲かせているのは、 ![]() 「ヤマブキショウマ」 ススキのように風に揺れて存在感ある面白い花でした。 ![]() ヤマブキショウマの足元で、背の低い草花は「オミナエシ?」 背が低いので違うかも。カランコエのような小さな花がたくさんついて初夏に向け色づく花のよう。 ![]() ヤマブキショウマの手前、空に向かって高く伸びているのは「アザミ」。 『のねずみチュウチュウおくさんのおはなし』でジャクソンさんが「ぷっぷっぷう」と飛ばすのはアザミの綿毛。 ![]() エンドウマメは花が終わり、豆の入った鞘が膨らみ始めていました。 ![]() ヒルトップハウスの少し手前、咲き誇る黄色い花は先程紹介した「オカトラオ」、その手前分かりづらいですが、こんな可愛らしい花が、、 ![]() 「ブルガリア・オダマキ」 ![]() 「セイヨウオダマキ」 ![]() オダマキの斜め奥に生えていたのは「カラマツソウ」。ヤマブキショウマ同様、カラマツソウも種や茎がそのまま残ると翌年大繁殖するので、植物が枯れた後の冬の間も手入れが欠かせない。 ![]() カラマツソウの後ろ、オカトラノオの左側で、紫の星型の花をたくさん付けているのは「カンパニュラ・ラクチフローラ(ミルキー・ベルフラワー)」。 ![]() 今度は小径の右側(ヒルトップハウス側に歩いた場合)に目をやると、なんとも不思議な丸い実がたくさんなっている。これは、『ピーターラビットのおはなし』で、ピーターがマグレガーさんの畑でグーズベリー(スグリ)にかけていた網にひっかかった、「グーズベリー」。ビアトリクスもマグレガーさんのように、鳥たちがグーズベリーの蕾をついばむことに困り果てていたようだけど、私達が訪れた時点でまだ網はかけられてはいなかった。 ![]() グーズベリーの先に、花が終わった後に面白い実がなる「ルナリア(別名:ゴウダソウ)」が、枝の先に小判のような実をヒラヒラさせていた。 ![]() ヒルトップハウスはツル系植物の宝庫で、クレマチス、フジ、ツルバラなどが咲き誇る。玄関ポーチ右側の大きなツルが白いフジで、私達が訪問した6月下旬、英国は日本よりも1カ月ぐらい季節の訪れが遅いし、もしかしたらまだ咲いているかもという淡い期待は見事に裏切られてしまった。 ![]() ツルバラも花が一段落した後で、パラパラと咲いていた。このバラは「ケンティフォリア」で、日本のビアトリクス・ポター資料館もほぼ同じ位置にツルバラがあり、資料館のツルバラは「ファンタンラトゥール」で「ケンティフォリア」と同じ系列。こうしてみると「あれ?資料館で撮影した写真だっけ?」とつい目をゴシゴシしたくなるほど。 ビアトリクスは美しい湖水地方の景色にとけこんだこの古い家を本当に愛していて、家だけでなく庭も家の一部として庭づくりに励んでいた。そして目指したのは、「庭と家を一体化する」ということ。だから例え、植物の根が家の床を持ち上げたとしても、さらには小さな虫たちが家の中にはいりこもうとも、彼女が目指す理想を追い求めて庭造りも行っていたに違いない。 ![]() もうひとつのバラは「クィーン・オブ・ブルボン」。こちらのバラはちょうど見頃でとても美しかった。 ビアトリクスも庭にバラがなくては満足できないと、結婚後に移り住むカースルコテージの庭もバラが植えられた。カースルコテージのバラは「モスローズ」だそうで、ピンクの色彩だけでなく、その香りも余すことなく楽しんだようだ。またヒルトップハウス内の宝物部屋にも、ヴァレンタイン・バーソロミューが描いたバラ「ロサ・ガリカ」が飾られていた。 ▼6月に咲くジギタリスが見たくて ![]() 私達がこの旅を6月に選んだ理由のひとつに、『あひるのジマイマのおはなし』で描かれたジギタリスが見たかったから。ヒルトップ農場のお花畑は意外と咲いていなかったけれど、この後ミニバスに乗りながら各所で目にすることに。それはまたのお楽しみに。 ジギタリスの英名は、「Foxglove(キツネの手袋)」で、これは古英語「foxes-glofa」が語源とされ、キツネが狩りをする時、足音を消すためにジギタリスの花を足にはめた「glofa(グローブ)」からこのような名前が付けらえている。しかし、まったく真逆の言い伝えもあり、「foxes-gleow」という、花の特徴である釣鐘を意味する言葉「gleow」で、キツネの首周りにつけるとハンターたちがベルで気づくだろうというところから、このような言い伝えもあるそうな。古代ローマ時代から存在する不思議な花ジギタリスは、その毒性も相まって、『あひるのジマイマのおはなし』でジマイマが偽紳士にまんまとだまされる姿に、このジギタリスが持つ怪しさが関係しているかもしれないと考えると楽しい。 ![]() アザレアにツルを伸ばし咲いていたクレマチス。 ![]() イングリッシュガーデンには欠かせない「アストランティア・マヨール」は防虫対策としても役立つと、「ガーデニング誌ビズ」No.64ピーターラビット大特集に掲載されていた。 ビアトリクスが目指した植物と家の一体化と、庭も部屋の一部として丹精込めて造り上げたガーデン。それらを引き継いだナショナル・トラストのガーデナー。私達は6月に訪問したけれど、7月、8月と次々に可愛らし花々が咲き乱れる一つ目のお花畑エリアの紹介でした。 また、西村書店の「ビアトリクス・ポターが愛した庭とその人生」は、ビアトリクスが庭造りにかけた情熱とその行動をひとつにまとめた書籍で、最後に一覧表で「びあとりくすの庭の植物」も紹介されている。興味のある方はぜひお薦めします。 |
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| ヒルトップ農場へ その9(完) | |
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